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羊の夜をビールで洗う

シングルファーザーなプログラマーのワンオペ育児&暮らしのブログ。

子の左利き。直す?直さない?

こども

いきなりでなんですが、実は私は左利きです。

 

そしてそんな私の息子くんも左利き。息子くんは、今のところ投げるだけでなく、食べたり、文字を書くのも左です。

 

そういう身体的特徴を、子どもが親から受け継いでくれると、余計に「かわいいなこいつ!」って思っちゃいますよね。

 

でも、私の子どもの頃は、左利きで食べものを食べたり、文字を書くことへの周囲の視線が厳しかったので、私がちょうど今の息子くんの頃には、祖父や母などに厳しく矯正されました。なので、私は投げるのと打つのは左ですが、文字を書くときと食事のときは右手です。

 

先日、お母さんとの面会があったときに、ちょうどこの話題になりました。「子どもの左利き、文字だけでも直した方がいいのかな〜。」と。

 

ところで、私が以前に紹介した「離婚で壊れる子どもたち」という書籍では、1970年以降の米国において、離婚後の子育てが、親権者による単独監護から、離婚後も両親が共同で行っていく共同監護の考え方に、法的にも社会意識的にもシフトしていく経緯が書かれています。

 

 

特にこの記述の中で、監護権が、子どもと暮らし世話をする「身上監護権」と、子の教育・医療・宗教などの重要な問題を決定する「法的監護権」に分けて考えられるようになり、70-80年代に行われた法整備の後では、子どもの生活は単独の親が担うものの、法的監護権の部分は共同で持つ、という形式をとる親の割合が増えた、と書かれていた箇所は、離婚後の子育てのあり方について、自分の考えを大きく変えるきっかけになりました。

 

つまり、「子どもにとって大事なことは、離婚後も両親が話し合って決める」という考え方が、アメリカではこんな時代から広まりつつあったのだな〜、と。私たちにとっては、子どもの養育方針のことが、離婚の大きな要因であったわけではないので、この考え方はなるべく尊重したいなぁ、と思ったのでした。

 

ま、それはさておき。今回の左利きのことについて、私が子どもの頃に左利きを厳しく直された記憶や、左利きであることで意識したことを思い出しながら、左利きで便利なことと不便なことについて、少し振り返ってみました。

 

便利なこと

  • 野球をしていると、バッターボックスが一塁ベースから近いのでちょっと有利
  • 鉛筆で作文を書くときには、書いた文字で手が汚れない(まぁ横書きだと逆なんですが)
  • 左利きの人は右脳の働きが強くて発想力が高そうって思われがち
  • 右利きよりもマイノリティなのでなんとなく優越感

 

不便なこと

  • 毛筆での習字はちょっとやりにくそう
  • 文字と箸については、昔ながらの大人には今でもしつこく注意してくる人がいる
  • 右利き用のハサミだとうまく切れない上に左利き用のハサミがあまり売ってない

 

書き出してみたら、左利きで不便だったことってそんなになかったかな、って改めて思いました。まぁ、やっぱり一番やっかいなのは、昔ながらの風習からつい口出しをしてくるような大人たち、なんですけど。

 

それに世の中的にも、最近の学校では、文字を書くときにも、無理に左手から右手に矯正したりはしない傾向になってきている、と聞いたこともあるような。(このあたり、もし実際に先生をされている方に読まれていたら、現場の御意見を伺ってみたいです)

 

なので、「うーん、別に直さなくていいんじゃないかな〜。」と、現状維持で、自分がラクをするような方向の回答をしたのですが、世の中的に直さない流れになっている、との認識は彼女の方にもあるらしく、今回はお互い納得感を持った結論が出せそうです。

 

と、そんな感じで、この先も「すぐに治さないといけない病気にかかった」などの迷うまでもない問題はともかく、「これどっちにする方がいいの?」と微妙に判断に迷うような問題については、あまりモメない程度に、両親である二人で話し合って決めていけるといいな、と思っています。

 

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