羊の夜をビールで洗う

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羊の夜をビールで洗う

シングルファーザーなプログラマーのワンオペ育児&暮らしのブログ。

カリカリ梅戦争

先日、二村ヒトシさんの本を読んで感想のエントリを書いたのですが、

 

www.smartstyle-blog.net

 

その中にあった、「親というものは、良い親、普通の親、悪い親のどんな親であっても、子どもの心に何らかの穴を開けるものである。」という記述がずっと引っかかっていて、自分と親の関係に置き換えてみたときに、何か心の穴を開けられたと思うことってあったかなぁ、って考えていたんです。

 

けれど、あんまり思いあたらないんですよね。子どもの頃、理不尽なことでこっぴどく怒られたという記憶もないし、大人になってからも、実家に帰るとたまによく分からないものを買っているなぁ、と世代やセンスの違いを感じることはあるけれど、どうしてもこれが許せない!というほどのものはないし、何より幸いなことにうちの実家は両親どころか祖父母に至るまでボケることもなく未だ健在である(えっと、私もうすぐ40なんですけど?)。

 

もちろん今現在までたまたま環境が恵まれていたというのもあるけど、「心の穴」が思い当たらないのは、私が大事にていねいに育てられたから、というよりは、物心ついたときからお互い適度に無関心で、適当な距離感を保って両親と接していたことが大きいように思う。その点、今の私の息子くんの育て方は若干べったりすぎて、将来反動があるのではないかと、心配になることもある。

 

なので、親が子どもに開ける心の穴、というのは、多分私は正確なイメージができていないのだけど、元奥さんの義実家で見ていたことで、なんとなくこういうものなのかなぁ、というエピソードを一つ思い出した。元義実家の話を今さら書くのはアレかもですが、特段義実家を不名誉に晒すほどの話でもないと思うので、ちょっと書いてみようと思う。

 

元義実家では、義母と義兄の折り合いがなんとなく悪かった。義母は確かに他人への気の遣い方が少しずれているところはあるものの、根は悪い人ではなく、息子を連れて帰ったときも、田舎のおばあちゃんらしく温かく出迎えてくれる人だ。

 

一方の義兄も、立派な定職を持っていて、義理と人情に厚い、とても信頼のおける方だった。ただし、少々神経質なところがあって、自分が世間体的にイマイチだと感じたり、スジが通っていないようにみえる行動を目にすると、露骨に不機嫌になったり、怒ったりする場面をたまに見かけた。

 

元義実家では、5月の連休やお盆などに帰るとよく庭先でバーベキューをした。バーベキューでは、庭にキャンプ用のコンロと大きな縁台をセットして、ビール片手に肉を焼いたり、台所でこしらえたおにぎりをほおばったりする。

 

だが、バーベキューをするたびに、そのおにぎりで義母と義兄がよく諍いを起こしていた。なぜなら、そのおにぎりの具にはカリカリ梅が入っていたからである。

 

 

義兄に言わせると、梅のおにぎりには、普通のしっとりした食感の梅干しが入っているべきで、ご飯と食感がそぐわないカリカリ梅が入っているべきではないらしい。

 

「なんでおにぎりにカリカリ梅入れるんや!」

 

義兄は結構本気で怒っているのだが、休みにバーベキューが開催されるたびに、義母は毎回懲りずにおにぎりにカリカリ梅を入れてくる。これが一層義兄は気に入らない。

 

そんな言い争いを外様の私や、その他の親戚は半ば「どっちでもいいのになぁ...」と思いながら、見守ったり適当にあしらいつつ、肉をつつく。どちらも梅の味には変わりないのだから正直そこまでの拘りもないし、どうしてもカリカリ梅が気に入らないのなら除けて残りの部分を食べるか、別々に食べたらいい。

 

けれど、何度言われようとも、まるでその展開になることを見越しているかのように、毎回カリカリ梅を入れてくるお義母さんに、イラっとしてしまうお義兄さんの気持ちも分かるけれどね。

 

私が考えていた心の穴や、親と子どもの間のちょっとした溝って、もしかしたらこのようなことを言うのかな、とふとこんなエピソードを思い出してしまったのでした。最後まで読んで「全然違うわ!」と思われた方がもしいらっしゃったら、ほんとうにスミマセン。

 

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