羊の夜をビールで洗う

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羊の夜をビールで洗う

シングルファーザーなプログラマーのワンオペ育児&暮らしのブログ。

ロックと幸せ

気の合う友達と話していて、ちょっととんがった行動をしたときの話や、徹底的にダメダメな体験の話が出たときに、「それロックだな!」という表現を肯定的な意味で使うことがあります。

 

浦沢直樹さんの漫画「20世紀少年」で書かれているような、ボブ・ディラン*1とウッドストックの時代を私はリアルタイムに体験していないので、ロックの文化的特性をキチンと咀嚼できているかは分かりませんが、そういうときはだいたい、反骨精神や自己矛盾、退廃などが体現された行動に対して、そのような言葉で称えている気がします。

 

前のエントリであれだけルーティンな生活習慣を挙げておきながら、それでも私は40近くなっても未だにロックが好きです。他人と接するときもロック的なるものを内に秘めている人の方により惹かれる傾向にあると思います。

 

けど、ロックであることと幸せであること(特に他人を幸せにすることや継続的に幸せであること)は、両立するのか!?というのは、ロック好きにとって永遠のテーマですよね。ほら、ロックスターは軒並み短命って言いますし。

 

27クラブ - Wikipedia

 

私がそのようなテーマでロックを考えるときに、いつも頭に思い浮かぶ曲は、マイフェイバリットバンド、スーパーカーの「FAIRWAY」という曲です。

 

youtu.be

 

そのFAIRWAYは冒頭はこんな歌詞で始まります(個人的にはこの曲はロック史に残る名歌詞だと思っている)。

 

安心を買った
どうしてかココロを売って買った気がしてたら
"安心はどこか退屈と似てた"
そんななぜに撃たれていた

http://j-lyric.net/artist/a0201f4/l01182b.html

 

安心は必要だったから望んで安心を手に入れた。でも(ロック的な)何かから逃げた気がする、自分を抑え込んでる気がする、でもまぁそれでもいいんじゃない?(いい音楽さえあれば)。

 

そんな倦怠感と消極的な肯定からなる歌詞が、ミドルテンポの曲調に乗せて歌われます。この曲がたまにシャッフルで流れるたびに、「そんなこともう10年以上同じこと考えながら生きとるわ!」って思いながら、聴いてます。

 

ちなみにこの曲については、スーパーカーと同世代で、並び評されることも多かったくるりが、「愛なき世界」というアンサーソングっぽいものを出してます。そちらにはこうある。

 

君は歌う 安心を買ったって

俺も欲しい心から

 

この曲は、くるりの3rdアルバム「TEAM ROCK」に収録されている曲なんですが、くるりは現時点で11枚のアルバムを出しており、すっかり大御所バンドになってしまいました。彼らはまだ安心が心から欲しいのでしょうか?なんにせよ、趣向が近いバンドのこうしたかけあいは面白いですよね。

 

ロックスターは短命が多い、と書きましたが、もちろん長く生きているロックスターもたくさんいますよね。ブライアン・ジョーンズと同じストーンズのミック・ジャガーは73歳(2016年時点)で存命ですし、ボブ・ディランに至ってはノーベル文学賞までとってしまった。あ、あと日本で言ったら永ちゃんもか。

 

最近では、そういった息の長い活動をしているアーティストや、長生きしている大御所スターの頭ん中ってどうなっているんだろう?ってことにも興味が惹かれます。彼らの頭の中は、未だに反骨と退廃の精神で満たされているのか。あるいは何らかの安らぎに到達しているのでしょうか。

 

そういう意味では、ボブ・ディランがノーベル賞の授賞式に出席したとしたら、どんなスピーチをするのか、は見てみたかった気がするなぁ。

 

 

*1:そもそもボブ・ディランのジャンルがロックなのか、という点については異論は認めます。

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