羊の夜をビールで洗う

シングルファーザーなプログラマーのワンオペ育児&暮らしのブログ。

初めての海外旅行で、ただぼーっとしていた夏(ロンドン・エディンバラ編)。

前回の記事からの続きです。大学三年生のときに、鬱々とした気分で行った、初めての海外旅行の話。

 

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ロンドンへ

パリで五日間ほど過ごした後は、パリ北駅からユーロスターでロンドンに向かった。ユーロスターは乗っている感覚としては新幹線とそんなに変わらないけど、電車で国境を越える体験は日本ではできないことで、やはり少しはワクワクした。

 

ロンドン側の停車駅は、今ではセント・パンクラスという駅になっているようだけど、私が乗った当時はウォータールー駅。ウォータールー駅の方が、ちょっと歩いたらビッグ・ベンがあったりして「ロンドンキター!」ってなりそうだけど、後述の通りロンドンは全然土地勘の記憶がないので、両者の立ち位置の違いが不明...。(東京の駅で分かりやすい例えがあったら、誰か教えて欲しいです。)

 

ケビンとアラタ

さて、パリではホテル暮らしと豪勢に決め込んだわれわれであるが、ロンドンでも同じようにしていてはさすがに軍資金が持たない。というわけで、ロンドンでは従姉やまーくん(この旅の同行者)の友人繋がりで、ロンドンに単身勤務していた日系アメリカ人、ケビンの家にお世話になることになっていた。

 

さらに、ケビンの家には同じく従姉の知人の弟で、私より年下の大学生アラタが、先にロンドンに来て滞在しており、ウォータールー駅にはそのアラタが迎えにきてくれた。ケビンは平日は普通に仕事があるので、ロンドンでは主に、私・まーくん・アラタの三人パーティで行動していた。

 

街の記憶が薄いロンドン

ケビンの家はウォータールー駅から20分ほど鉄道を乗り継いだ先にあるロンドン郊外の駅近にあり、彼自身大手メーカーの駐在員ということもあって、広さも数も充分な部屋に住んでいた。

 

リビングには当時としては大きなテレビに、おそらくケーブルテレビか何かでMTVがいつでも見られるようになっており、Backstreet BoysやBlurの曲がよく流れていた記憶がある(リッキー・マーティンの一番有名な曲もこの年のヒット曲である)。

 

youtu.be

 

地下には入居者専用のジムまであって、典型的なマッチョ体型のビジネスマンであるケビンは、帰宅後そのジムで汗を流すのが日課のようだった。それ以外にも端から見て、ケビンはとにかく全身から自信が満ちあふれていてカッコ良く、気分的にどん底にいた私は気圧されしてほとんど直接何も話せなかった気がする。

 

われわれは、朝起きてご飯を食べると、ケビンの部屋のある駅からウォータールー駅に出て、そこからまた地下鉄を使ったりしながら、パリと同じように観光スポットや有名な建築を探訪し、夕方近くなるとまた地下鉄でケビンの部屋に戻った。ケビンはその後しばらくして自宅に戻ってくると、帰宅してからもVAIOを広げて仕事の続きをしていることが多かった。

 

そんなロンドンの滞在中、一回だけ、ケビンがわれわれに面と向かって怒った出来事があった。

 

朝ごはんを食べて部屋を出たときに、食事の片付けが不十分で、空のパックが机の上に残ったままになっていたのを咎めたのだ。今思えば自分が働いている立場で、夏休みに遊びに来た居候に自宅でそのようなだらしない振る舞いをされたら、そりゃあ私でも怒ると思う。でもそのときは、こうやってバリバリ仕事してる人は、やっぱり怒るときもハッキリ怒るんだな、と冷静に観察する向きの方が強かった(<反省しろ自分)。

 

このように、ロンドンではケビンの華やかな人物像と生活の印象が強すぎて、ロンドンの街のどこを歩いて、どこが良かったのか、という街自体の記憶があまり残っていない。とりあえずセントポール大聖堂とハイドパークくらいは行っていて、ソーホーでアラタがお洒落な靴を安く買っていたのを覚えているくらい。

 

実際、気分が上向いていない中での街歩きに疲れ始めていた面もあったと思う。相変わらずガイドブックを片手に、興味のある場所へズンズン歩いていくまーくんの後ろ数十mを、まるでドラえもんののび太のように、ようやく付いて歩いていたことも確かあった。

 

そんなときに、普段寡黙なまーくんが、

 

「どんなこと考えてるか分からへんけど、とりあえず俺は好きなように歩くから。」

 

というようなことを声かけてきて、私もそれで全然構わない、と心の中で返事をした。

 

エディンバラ

ロンドンに来て三、四日経って、ロンドンも大分見たかなという気分になった頃、アラタが「エディンバラに行こう」という提案をしてきた。

 

エディンバラ - Wikipedia

 

エディンバラは、イングランドの首都であるロンドンに対して、スコットランドの方の首都であり、ロンドンからは夜行バスを使って往復することができるらしい(今改めて調べてみると移動時間は約9時間とのこと)。

 

そうと決まったら話は早く、その日のうちにわれわれ三人はロンドンにある旅行代理店に入って、エディンバラまでの往復バスチケットと、現地で二泊分のB&Bの予約を押さえていた。といっても、代理店の担当者とのやり取りは、三人の中で最も英語が堪能なアラタにほぼお任せだったけど。

 

もともとの予定になくて、初めての海外での夜行バス移動、とドキドキする要素もあったエディンバラへの小旅行だけど、これが思いのほかとても楽しかった!

  

エディンバラはかつて人口過密と不衛生に悩まされたあげくに、傑作とも言われる都市計画に基づいて新市街が再開発された街で、起伏が激しいけど情緒溢れる旧市街と、綺麗な碁盤の目状の新市街が真っ二つに分かれているのが面白い。

 

旧市街を歩いてエディンバラ城やスコッチウイスキー博物館を見たり、新市街に降りたところのバーでビールを飲んだり、早朝にカールトン・ヒルの丘を散歩したりと、どこも見どころ一杯で、歩いていて全く退屈しなかった。

 

そしてエディンバラと言えば、私の大好きなこの映画のロケ地でもあるので、トイレに入るたびに、「このトイレがスコットランドで最も汚いトイレかな?」なんて考えて楽しんだりも。

 

 

宿泊したB&Bのオーナーも陽気な人で、私の髪型を見て「おっ、お前は(ビートルズの)リンゴスターに似ているな。ここでのお前のあだ名はリンゴだ!」みたいなことを言っていて面白かった(全然似てないと思うのだけど)。

 

そして現実へ

と、こんな感じで、やる気のないきっかけに始まり、道中もだらだら、予算もぐだぐだな、私の初めての海外旅行は終わり、再び日本に帰ってきたのでした。日本に帰ってきたときの最初の記憶は、向こうのトイレの便座の高さに慣れきって、戻って最初にトイレに座ったときに、ガクッってなったこと。

 

写真がまったく残っていないうえに、需要があるのかどうか全く分からない(というかない)旅行記を長々と書いてしまいましたが、初めての海外旅行って、人によって感じるカルチャーギャップや旅でのトラブルが違うと思うので、書いてみたら面白いんじゃないかな〜、って思ったんですよね。旅行から15年以上経った今でも、思い出しながらこれだけ書けるのだから、メンタル最悪だったとはいえ、やっぱり自分の中でも印象に残る旅行の一つだったのでしょう。

 

ちなみに、この旅行で同行したまーくんはその後めでたく従姉と結婚し、実家の近くに設計事務所を構えているので、今でもわが家の年中行事であるお餅つきのときに、毎年顔を合わせます(非力な私と違って、まーくんは餅つきの主戦力である)。だけど、このときの旅行の話は未だに全く話題に出していないので、そろそろ当時のことを聞いてみてもいいかなぁ、なんて思っているところ。

 

ケビンとアラタはその後音信がありませんが、これを書いていてケビンはあれから順当に大企業で出世したのかなぁ、とかお洒落なアラタはどんな会社に就職したのだろう、など、懐かしい気持ちになりました。皆さまも、たまにはこうやって、初めての大きな旅の思い出や、旅での不思議な出会いについて振り返ってみてはいかがでしょうか?(あと長々とお付き合いありがとうございました)

 

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