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羊の夜をビールで洗う

シングルファーザーなプログラマーのワンオペ育児&暮らしのブログ。

尽きない物欲から、冷静な判断を取り戻すためのエクササイズ。

買いモノ 思考 読書

しばらくこれといって欲しいものがなかったのですが、最近になって一つ「欲しいな〜」と思うものを見つけてしまって、数日悶々としています。お値段は、パソコン一台ぶんくらい。夏のボーナスにもまだ手を付けていないので、手を出そうと思えば出せてしまう微妙な値段なのが悩ましいです。

 

「欲しい...。いや、やっぱりでも...。」

と、カートに投入しては削除、を繰り返す私。

 

とりあえず、こういうときに冷静になるためにしていることを一通りやってみることにしましょう。

 

カタログじゃない写真を眺める

カタログの写真、というのはその商品が一番魅力的に見える角度・スタイルで撮影してあるので、現物よりもよく見えてしまうことが多いです。こういうときは、Google画像検索をして、その商品を購入したユーザーが実際に使用している写真を見てみると、「あれ?思ったよりも...」となって、百年の恋も醒めることがあります。

 

もう少し安いソリューションを探してみる

今欲しいと思っているそのものよりも、もう少し安いもので代わりが効かないかを考えてみます。何か一つのこだわりを捨てれば、意外と妥協できることもありますし、そもそも安いもので妥協できてしまうのなら、それ自体そんなに欲しいものではなかったのでは?と冷静になれることもあります。

 

自分の物欲を冷静に観察してみる

自分が何かの欲にまみれてるなー、と思うときに、たびたび手に取る本があります。小池龍之介さんという方が書いた「考えない練習」という本です。小池さんは東大の教養学部を卒業されたお坊さんの方で、仏教に関してお寺だけでなくインターネット上でもさまざまな面白い活動をされています。その「考えない練習」には物欲に関して、以下のような記述があります。

 

そもそも、人は何のためにコレクションをしたり、ものを増やしたり、お金を増やしたいと思うのでしょうか。

すぐに思いあたりますのは、それらを持っていない時よりも、持っている時のほうが、「自分の価値が高くなるに違いない」と思い込んでいるということです。それを持っていることで自分の価値が高いと感じられ、安心するからです。

何かがほしいというのは、裏を返せば、それがなければ不安だ、それがなければ不十分な気がするという苦をあらわしています。

その苦によって、それがないから自分は不幸なような気がする、不完全な気がすると思わされ、「それをぜひ手に入れなければならない」という気になります。

(中略)

そうしたことを繰り返すことによって、欲の業が積まれていきます。

(「考えない練習」より)

 

うーん、ぐうの音もでませんね。それがないことで、自分は不十分なのでしょうか?確かにそうではないような気もします。

 

しばらく寝かせてみる

ここまで人に正論を言われても、まだ欲しい欲が収まらないときは、とりあえず一晩寝てみたり、一週間日常を過ごしてみたりして、しばらく寝かせます。そうやって、一ヶ月〜三ヶ月くらい経ってみて、それでもやっぱり「欲しいなぁ」と思うものの場合は、「本当に欲しいのだから仕方ない」と思って、もう一度本格的に購入を検討します。

 

今回はどうでしょうねぇ〜。けど、なんだかんだで、欲しいものを買う時って「買うまでに思い悩む時間」も含めて楽しみだったりしますよね。購入金額が大きいものであればあるほど、思い悩む時間も長くなりますし、その期間を楽しんだら良いのでは、とも思います。

 

今回悩んでいるものは、もし最終的に購入することになったら懺悔のコトバとともに商品レビューの記事を書けたらと思います...。

 

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